スポンサーサイト

  • 2018.12.31 Monday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    ひろしさんプロジェクト始動

    • 2017.08.31 Thursday
    • 14:55
    こんにちはー!ブログではお久しぶりです!
    つぶやきとかではダラダラ呟いております。

    最近、息子がいろんな影響で第二次世界大戦に興味を持ち出して目下ミリオタへの道を歩み始めております。
    ガンオタも並行中ですが。
    学校の読書タイムに読む本として菅野直の伝記とかバロン西の伝記とか栗林忠道の絵手紙の本とか、平野耕太のドリフターズとかホリエカニコさんのマンガとか読ませてしまったのが原因だと思います。
    あと最近pcのミリゲーも始めてしまい、(二次大戦の飛行機で対決するやつと、二次大戦のヨーロッパの戦略ゲーム)ヒトラーについて知りたいというので「ヒトラーの最後の12日間」を見たりしていました。

    そんなわけで、夏休みに行きたい場所は靖国神社の遊就館になりました。
    まだお台場のガンダムベースはオープン前だったし。
    復元された各種兵器や有名無名の兵士の遺品などを見て感動した息子。
    母方の祖母の家のお盆で初めて身内で戦死した人、祖父の兄の写真を意識しました。


    祖父の兄といえば、以前の日記で書いた油絵を残して出征したという「ひろしさん」です。
    祖父も亡くなって三年経ち、ますますひろしさんについて語る人はいなくなりました。
    もとより祖父はひろしさんと年がかなり離れていたので、記憶も曖昧で人柄や出征前何をしていたのかよくわからないと言っていました。
    ひろしさんについてわかることが少なく、未婚で出征したひろしさんには子孫もいません。
    息子の希望でひろしさんの油絵に何か手がかりがないか、50年不動の油絵を降ろして額裏を調査しました。
    ホコリがたまっていただけで特に何もありませんでした。(ホコリは掃除しました)
    新たにわかったことは、キャンバスではなく木板に描かれていたということでした。
    油絵はもともと木板に描く画法があるのですが、キャンバスに比べると板にやすりがけや目地埋めなどの下処理に手間がかかるそうです。
    物のない時代ですから木板に描いたと思われます。
    ただ物のない時代に水彩や鉛筆画ではなく油絵を描くというのはある程度の知識人だったんだと思われます。
    そんなひろしさんはビルマで戦死したと聞かされています。
    ビルマの作戦といえば、「インパール作戦」と「泰緬鉄道作戦」が有名です。
    どちらも戦没者を多く出しています。
    おそらくどちらかの作戦に従軍したと思われますが確証がありません。

    息子も非常に気になって「なんかわからないかな」と相談してきました。
    そこにやまびこさんから「軍歴証明書をとるといいよ」とアドバイスをいただきました!
    「軍歴証明書」とはその人がどこの軍に所属していたのかなどが書かれている文書だそうです!
    これは調べるて見る価値があります。
    軍歴証明書は基本三親等までの申請となっています。
    ひろしさんからみて三親等は祖母、母、母の弟。二親等は他界しています。
    祖母はかなりの高齢ですし、母も60代後半。
    今調べないとわからないままになる可能性があります。
    息子と話して、ひろしさん従軍記録プロジェクトを始めました!
    まず戦没時の所属を調べ進軍先が分かればその作戦について調べたいと思います。
    もし戦没地がわかれば、息子と慰霊旅行も視野にしたいです(時間とお金と治安が許される場合)

    前置きが長くなりましたが本日はその第一歩としてひろしさんの本籍地があったであろう県庁に問い合わせました。
    まず記録あるかどうか調べて連絡をくれるそうです。
    何か手がかりが見つかりますように。

    帯広でカフェー建築を探す

    • 2015.08.17 Monday
    • 23:00
    カフェー建築とは戦後流行ったアールデコ風の装飾をした娼館建築のこと。
    玉の井、鳩の街が有名。

    帯広の街の赤線跡を探してどうもらしいという場所はいくつか見つけました。


    北栄ビル。
    作りとしてはぎっちりと長屋にスナック、居酒屋、小料理屋が入ってる小路。
    現役の店舗は無さそうですが居宅として使ってる人はいるようです。
    隣の小路も同様。


    もれなく二階がありますが、当時はそういう店だったということでしょう。

    でこの手の建物より妓楼建築とかカフェー建築というものに興味がありまして帯広にもないのか探してみたのです。

    歴史の古い妓楼建築はさすがに木賊原地域がほぼ住宅街になっておりまったくありません。
    戦後のものが残っているそうですが未確認です。

    そこでカフェー建築はかろうじて戦後のものが残っているようなのをストリートビューで発見して現場に行ってみました!

    はい、見事に駐車場でした!

    ストリートビューでは今でも確認できるのですが、すいせい保育所の隣が看板建築のカフェー風スナック跡だったのです。

    ちょっとガッカリしながら歩くとこちらは残っていました。

    蕎麦の更科跡。
    カフェー風というより妓楼っぽいけど料理屋さんか貸し座敷だったみたいな作り。

    そしてその隣、ストリートビューでは建物があった場所が更地になってクランベリーの駐車場になっていました。
    そこでストリートビューでは見つけられなかったカフェー建築に遭遇!


    駐車場から見える廃墟ビル。
    しかしピンクの壁といい柱の小豆色豆タイルといい、ちょっと斜めの入り口といいこれぞカフェー建築です。

    ただし玉の井や鳩の街みたいな本格的カフェー建築よりは若干味気ないかなあ。
    三階建、というのが凄みをかんじさせますが。
    下は飲み屋で二階から上はアパートだったのかもしれませんが、このビル、通りに面してないんですよ。
    東側は蕎麦の更科跡で西側もピザ屋になってる。
    ちょっと普通の場所じゃないよね。
    北海道という地域柄、建築物の耐久性は本州より劣りますからいつまで残っているか微妙です。
    場所的にも再利用は難しいだろうし。

    古地図ではクランベリーの駐車場は銭湯になってました。
    色街に必ずあるのが銭湯、質屋、周囲はスナックだったそうです。

    帯広近郊のカフェー建築、妓楼建築をご存知の方、ご一報ください。

    帯広の赤線、青線

    • 2015.07.27 Monday
    • 08:20
    青線という言葉を先日しりました。


    前回の日記でとりあげた「親なるもの断崖」に室蘭の色街、幕西遊郭が出てきます。
    当時、日本中のあちこちに色街があったわけで、室蘭と同じ道内都市である帯広にもあったはず!と思い調べてみました。
    まずは帯広の遊郭と呼ばれた場所について。
    http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/20seikatu/2.html
    地元の新聞記事より。

    木賊原遊郭というのがありました。
    場所は西五条から西七条、北三丁目から北五丁目一帯です。
    昭和四年の住宅地図を載せいてるこちらのサイトさんを参考にします。
    http://grugruch.cocolog-nifty.com/gr/2008/07/post_9165.html
    右上のあたりに、紀の川楼、開盛楼、日の出楼、一心楼、大正楼、という名前が見えます。
    (戦前の地図なので右から読みます)
    その下には帯広治療院という文字。これは駆梅院と呼ばれた性病診療所です。現在は公園になっています。
    そして、郭といえば稲荷神社ですね。こちらは今は帯広大明神になっているようです。
    こちらは戦後赤線地域に指定されていたようです。

    現在。
    https://goo.gl/maps/I9e8Z
    普通の住宅街です。
    グーグルのストリートビューでみて下さい。
    当時をしのぶ様なものはありません。
    元遊郭であったろう建物もありません。
    ただ、地元民としては「たけだ会館」という仕出しやさんが存在することが気になります。
    たけだ会館さんは地元で有数の仕出し屋さんです。(美味しいです)
    この元遊郭の地域にあることは何らかの関係があるのかもしれません。

    ちょっと肩すかしだったのでさて、地元新聞の記事の後半にある
    『最高百五人の遊女を抱え、道東有数の紅灯街だった木賊原も、昭和に入り、大通西仲通の通称狸(むじな)通、西二条東仲通の通称幸通(親不孝通)のカフェー、街娼、私娼に押され、次々に廃業。一九四六年(昭和二十一年)、GHQ(連合国軍総司令部)の公娼制度に関する覚書で姿を消した。』を探してみました。
    こちらは街娼、私娼の青線地域。(既成事実でできた非公認遊郭。赤線が廃止されるまで、同様に警察から黙認されていた)

    こちらの跡地は分からないものか調べましたら分かりました。
    帯広市商店街振興組合による昭和31年の住宅地図です。
    http://www.obsinren.com/?page_id=78
    まず、親不孝通が別名ミマス館通りと呼ばれていたことに注目。
    ミマス館を探します。
    帯広グランドホテル周辺地図に「ミマス館」発見。
    ミマス館はストリップ劇場であった、とかピンク映画館であったという証言があります。
    なおミマス館は閉館し、取り壊され現在はありません。
    ミマス館の隣に食堂新橋があり、こちらは現在道向かいの位置に存在する豚丼の新橋と思われます。
    ミマス館周辺が風俗街で親不孝通と呼ばれていたそうです。
    こちらのブログのお店の記事にもそれについて触れられています。http://blogs.yahoo.co.jp/men_no_nariyuki/59777484.html
    その西側仲通を挟んで斜め向かいに「北栄市場」という場所があります。
    となりは望月sと旅館山本屋、秋田屋に挟まれています。
    ここをグーグルマップで確認して見ましょう。
    そしてストリートビューしてみてください。
    https://goo.gl/maps/Bp7ry
    こちらに動画がありました!
    https://youtu.be/dqBZbNekTB8
    見えましたでしょうか。
    望月sは酒の望月です。
    山本屋があった場所と秋田屋があった場所はというと、空き店舗のよくわからない店になっています。
    そして肝心の北栄市場は北栄ビルとなっています。
    赤線、青線に詳しい人はこのビルの作りでピンときたと思います。

    さて、地元民ならここはむしろ「あっ!」と思ったでしょう。
    そう、帯広には似た作りの「○○小路」が点在しているのです。
    北栄ビルがそういう場所としての作りなら、『大通西仲通の通称狸(むじな)通』の位置が見当がつきます。
    現在は柳月大通り店の周辺のグーグルマップでストリートビュー。
    https://goo.gl/maps/13Xw7
    この辺り、「新世界」「八丁堀」「エイト街」「いなり小路」「金春街(現在は更地)」という小路がひしめいています。
    動画ありがとうございます。
    https://youtu.be/__hTY-KPOHY
    https://youtu.be/K9BtwX9vs1U
    https://youtu.be/3n-Xp_fIsi0
    https://youtu.be/tQ9CVXSJNi4

    ただ、上記の小路は昭和31年の地図で確認ができません。
    実際はどうだったか「?」です。

    それより、現在は「焼き肉あんじゅ」の店舗が元つれこみ旅館だったという証言が気になります。
    あんじゅの前の店舗名前がわからないのですが、あんじゅの場所が大通り九丁目。
    紙の受川が現在のうけかわビルでしょう。海老金の場所は変わっていないとすると、天新というお店があんじゅの前身だったかと思われます。
    昭和31年の地図では海老金という料亭(ここは閉鎖前に行ったけど至って普通の料亭でした)、天新(あんじゅの場所)カフェーバッカス、カフェーアオバ、カフェーモンパリがあります。その正面のお店も店名からすると料理のようです。
    この当時のカフェーというのは喫茶店ではなく喫茶店営業を装った私娼館でした。また料理やを装った私娼館もありました。
    現在は名門通りというこの通りが当時の狢通の可能性は高いと思います。
    ストリートビューでみると拾丁目食堂とメルヘンというお店の間も看板こそ落ちていますが小路だったようです。
    もしかしたら、10丁目が最初の狢通りで、柳月周辺の8丁目周辺は比較的新しい店なのかもしれません。
    なお名門通りは現在、十勝乃長屋もでき、女性同士でも気軽に呑みに歩く様な通りとなっています。

    跡が残っているならちょっと探索してみたいと思ってしまいました。
    あとは証言を聞きたいですが、誰に聞いたら話してくれるものなのでしょうねて。

    悪い癖

    • 2012.01.08 Sunday
    • 21:30
    今、療養期間に入って、なるべく安静状態なので暇です。

    暇潰しかにはつい携帯カチカチして

    歴史系のページを読んでしまうのです。


    今回はマリーアントワネットてその周辺について。


    私、世界史は日本史よりさらに偏った時代の偏った知識しか持ち合わせてないので、えーそうだったの!的な話があって面白かったです。

    マリーアントワネットの浪費より戦争費用の増大が赤字予算の原因とか。

    この時代、カトリックは離婚はダメなのに、誰かの奥さんを妾にして王妃と同じように扱ってたりするのはオッケーとか。

    ルイ16世もマリーアントワネットも政治能力0だけど、ルイ15世の時からフランス王家ってダメダメじゃんとか。

    ルイ16世はギロチンを考え出した人でギロチンで処刑されたりとか。
    ギロチン作った会社は楽器製作会社でギロチン独占契約で儲けてて、今も注文あったら作ってくれるとか。

    フランス革命の後の革命政府もダメじゃん、自由、平等、友愛って唱えてできた政府がテロの原形政府じゃんとか。

    某氏が「イギリスの元植民地は政治が比較的まともだけど飯がマズい、フランスの元植民地は飯は比較的上手いけど政治がダメ」っていうのを思い出しました。
    一番衝撃的だったのはマリーアントワネットが美人じゃなかった説!

    マリーアントワネットの実家、ハプスブルグ家は近親婚のために不正交合気味の顎(受け口)と、長細い額だったという…
    残っている肖像画は美化して描く画家のものばかりなので美人に伝わっているとか。

    しかもオシャレとして髪を頭の倍くらいに盛り上げたり、花をやたら植えたり、船乗っけたりしてますよ。
    当時は最先端ファッションとして話題だったけど、あれか、

    レディ・ガガ

    みたいなもんか。

    水無月とはいえ

    • 2010.06.30 Wednesday
    • 13:20
    6月は水無月なのに、西日本は大雨ですね。
    昔の水無月の頃と今は暦が違うから、本来の水無月って呼ばれていた六月とグレゴリオ歴の6月じゃ時期ががうんですけどね。

    まあ昔とずれているとはいえ。

    今日は水無月の大祓えもしくは夏越しの大祓えという儀式が神社で行われる日です。

    なんじゃそら?と言う人にはご説明。
    wikipedia大祓より
    ______
    大祓(おおはらえ)は、6月と12月の晦日(新暦では6月30日と12月31日)に行われる除災行事である。犯した罪や穢れを除き去るための祓えの行事で、6月の大祓を夏越の祓(なごしのはらえ)、12月の大祓を年越の祓(としこしのはらえ)という。6月の大祓は夏越神事、六月祓とも呼んでいる。なお、「夏越」は「名越」とも標記する。輪くぐり祭とも呼ばれる。
    ______

    有名なのが大きな茅の輪を神社の境内につくりそれを三回くぐる、という輪くぐりとか輪抜けとかいう儀式です。
    そのあと小さな茅の輪で作った「蘇民将来子孫」とか「夏越大祓」とかかれた紙がついた不思議な形のお守りをもらうんです。

    地方によっては盛んな場所もあるし、全然やってないところもあります。
    かくいう私も5年くらい前まで知りませんでした。
    今はほぼ毎年いきますけどね。
    お時間のある人は是非お参りにどうぞ。

    反省会

    • 2009.08.11 Tuesday
    • 10:34
     NHKスペシャルの三夜連続「海軍400時間の証言」がすごく面白いです!

    もう2回やったので、あとは今夜の3回目で終わりなんだけど、変な民放のお涙頂戴戦争物ドラマを見るくらいならこれを見た方がずっといいと思います。

    「海軍400時間の証言」三夜目

    これは戦後、1970年代から1980年代に行われた旧日本海軍将校の生き残りが「二度と同じ過ちを繰り返さないために反省会をしよう」ということで秘密裏に集まって太平洋戦争について議論した肉声テープの検証です。

    何がすごいって、文章資料じゃなくて肉声テープなんで、なんというか本当にあった事なんだなと実感させられます。

    なぜ開戦反対だったはずの海軍が開戦に傾き、なぜ負けるような作戦を実行し、なぜ特攻などの無茶なものを始め、なせ戦争責任を負わないようにしてきたのかという人間の良心と戦争の関わりを実際にその場にいた人達が語っているというは衝撃的です。
    あの戦争は一体何だったのか、責任は誰にあるのか、それを問い続ける老兵達。
    誰しもが戦争はよくないことだと思いながらそれを止めることができなかったという後悔と自責を抱えながら過ごした心情を吐露する発言は考えさせられます。

    一夜の開戦の責任への山本五十六、二夜の特攻については中沢佑と黒島亀人、源田実、大西瀧二郎と二次大戦の帝国海軍のを知っていたら外せない人達の話題が盛りだくさんで非常に興味深いです。
    彼らがやったことは本やらドラマやら映画でさんざん知らされていますが、実際に一緒に働いていた同僚とか部下とかからは実はそんなふうに見られていたんだなーと。

    誰が悪いというのではなく、誰も彼もが悪いと思っていたのにその場の空気を読んだら悪いと発言できなかったという証言が多く、日本人らしさが戦争を始めた原因の一つと思わされます。


    これ、多分すっごく好評なんで、再放送あると思いますよ。

    見たい!見たい!

    • 2009.07.15 Wednesday
    • 10:31
    来年の大河ドラマは福山雅治の「竜馬伝」で、福山が坂本竜馬だっていうのは聞いていたんですが、追加キャストの発表にびっくり!

    >大泉洋(近藤長次郎)、佐藤健(岡田以蔵)、要潤(沢村惣之丞)、ピエール瀧(溝渕広乃丞)が大河ドラマ初出演。

    なんて私好みの布陣!
    大泉君がついに大河とは!
    岡田以蔵が佐藤健っていうのはすごい抜擢だ!

    佐藤君は演技力があるから楽しみだな。
    どんな殺陣をするのかしら。
    やっぱり雰囲気はネガ電王みたいな感じ?

    いや、もう来年は全部録画決定だな。
    新撰組!なみに楽しみです。
    堺雅人はでないんだろうなぁ・・・。(これで新撰組!キャストを本当に新撰組として出してきたらNHKを尊敬する)

    227

    • 2009.02.27 Friday
    • 00:12
    昨日予告した通り、本日は「226事件」についてです。

    昭和11年(1936年)2月26日から29日まで、旧陸軍の若い兵隊さんが革命を起こそうとして当時の内閣の偉い人を殺害および殺害未遂をし、重要な施設を占拠した事件。
    もっと詳しく知りたい人は適当に検索してみてください。
    いっぱいあるから。

    教科書では1行で終わってしまうこの事件について、私流の解説。

    この引き金になったのは昭和4年に起こった世界恐慌による大不況。
    それによる地方の困窮。
    当時の兵隊さんは農村の貧しい出身も多かったのです。
    というのはですね、義務教育の後はもっと勉強したかったらお金がかかっちゃうし家の仕事もできない。
    確実にお金が稼げて倒産の心配もなく勉強ができるところ、そこは軍隊。
    頭が良くて身体も丈夫な男子は軍へ入りました。
    それなりに裕福な家の人もいましたけどね。

    そんな貧乏を見てきた若者の間に入ってきた理想の思想が「社会主義」です。
    当時は「社会主義」思想ってのは実は流行の最先端でおしゃれだったところもありまして。
    今でこそ実現は難しいと分かりますが、当時は「みんなが幸せになれる思想」として理想の考え方だったのです。
    そこで若者は考えた。

    日本も天皇を中心にみんなが幸せになれる国家になればいいじゃん!

    そこで明治維新のように僕らが昭和維新をやるしかないと思いたって実行しちゃった。
    だから、226は軍政をとるためのクーデターではないんです。

    ところが、実はこの事件には裏がありまして。
    まず、天皇中心の帝国主義の日本の若者に「社会主義」の素晴らしさを説明して虜にさせた思想家がいます。
    加えて思想はどーでもいいから現在の政権が倒れると喜ぶ人々も彼に資金を提供していました。
    陸軍と海軍は仲が悪く特に予算を多く持っていく海軍の対して陸軍は不満をもってましたし、その陸軍の中も派閥争いでごたごたしていて、当時の内閣が倒れて人事が一変するのを喜ぶ人々もいました。

    そういう人々が若者達を後ろで煽っていたわけです。
    陛下も必ず分かって下さると。
    若者たちの間だけでは起こりえなかった事件。
    だから、クーデターが成功したら自分が政権を握るなんて若者は考えていなかった。
    成功したら天皇陛下に全てやってもらうという実に曖昧な考えでした。

    ところが天皇陛下は大激怒しちゃった。
    当時の軍人さんは天皇陛下のものという立場なのにその軍人さんを一部が勝手に使って、天皇の側近を襲撃させ、国民を不安にさせた輩なんぞ認められるわけがない。

    若者を煽っていた輩も陛下が怒ったことにビビって事件の責任を全て若者のリーダーと一部の思想家達へ押しつけた。
    というわけで事件のリーダー格だった軍人さんと思想家は秘密裁判で死刑になり銃殺されました。
    さすがに表立っては処分されてないですが、彼らの後ろにいた陸軍の偉い人もこれで失脚。

    ところがこれを今度は陸軍の残った派閥のメンバーが利用します。
    「陸軍を怒らせるとなにするかわかんねーぞ」という脅し文句に使うようになり、内閣にも影響力を強めていきます。
    その行き着いた先が、太平洋戦争の開始です。

    はい、難しい講義はここまで。
    226事件の余談。
    よく事件を起こした青年将校とか若者とかいわれますが、リーダー格のメンバーは30才前後。
    妻あり、子ありのメンバーです。
    ・・・若者?青年?
    いや確かに中年っていう年でもないけど。

    あとこれに参加した末端の兵士は実はよく事情を知らされてなかったみたいで、
    「何これ、演習?」「いや、実戦らしいよ」「どこと?」「なんかねー、首相官邸だって」「マジで?!」
    みたいな会話が交わされたとかないとか。

    前述したとおり、陸軍と海軍は仲が悪かったので事件が起こってすぐ、海軍は横須賀へ軍艦を呼び寄せ、砲台を東京へ向けたそうです。
    これは陸軍へ対しての「やるんなら相手になってやる」という威嚇だったそうです。

    有名な余談としては「ヤルヤル中尉」でしょう。
    リーダー格の一人栗原安秀中尉。
    熱狂的な人物だったそうで、口癖は「俺はヤル」。
    とにかくすぐ「俺はヤル!ヤルぞ!」と言うのでついたあだ名が「ヤルヤル中尉」(マジらしいですよ)
    証言によると、かなりの美形だったそうです。
    歌人の斉藤史とは幼なじみで彼女から付けられたあだ名は「くりこ」だったそうです。

    映画226では佐野史郎が演じていたので「美形じゃねぇぇぇ!!!」とテレビに向かって騒いだのは内緒です。

    そのヤルヤル中尉と仲良しだったのが中橋基明中尉。
    彼も急進的な人物だったそうです。
    リーダー格の中では数少ない独身でしたが、彼もまた美男子だったという証言があります。
    相当なおしゃれさんだったらしく香水をつけ、マントの裏を緋色に染め(ふつうは表生地と同じ土色)それをちらちらはためかせながら歩いていたそうです。

    映画226で美男子じゃない俳優さんだったので「美男子じゃねぇぇぇ!!!」とテレビに向かって騒いだのは内緒です。

    あとは思想家、北一輝。
    私ずーっと「きたいっき」だと思っていたら「ほくいっき」なんだそうです。
    社会の先生に「きたいっき」って教わったのにな。

    最近知った話なんですが、この事件で殺害された内大臣、斉藤實。
    なんとこの人、音更町に農場を持っていて引退したら農場をやるつもりだったらしいですよ。
    残念ながらそんな老後は迎えられなかったわけですが。
    軍人さんには引退したら農場をやるんだ、という人が多いようなきがするなぁ・・・。

    石破さんもか・・・?

    ちょっと考えてみよう(長文)

    • 2008.08.16 Saturday
    • 05:55
     昨日は8/15。
    終戦記念日でした。
    毎年8/15は戦争に関する記事を書いていたのに、今年はどーでもいいお話になっていたので、今日、書きます。
    今回は靖国神社について。
    毎年、誰が参拝っした、参拝しないとかで大騒ぎする変な神社です。

    先にいっときます。
    靖国神社を否定しているわけではないのです。
    戦いで死んだ人=英霊となって故郷を守る=神格化して祭る
    というのは今に始まったことじゃないんですよね。
    それも日本だけの文化じゃないし。

    私にとっての靖国神社問題は(あくまでも私にとって)
    ・靖国神社が宗教法人な事。
    ・信仰の自由という権利があるはずなのに「神社」に祭られているとする祖先の霊

    ・・・いや、だって、首相が明治神宮や天神さんに参拝したって誰も騒がないでしょ?
    死んだ人の霊がどうのこうのって言うんだったら、死んだ人=仏なら、なんでお寺にいくんじゃないの?
    政治家の人だって血縁親類の中に戦死した人がいれば、その人のお墓に行って手を合わせたりするでしょ?
    それはどうして騒がれないの?

    つまり、靖国神者が戦没者を「祭る」という形式をとっている「宗教法人」である以上、日本の憲法に定められた政教分離に反するんじゃないのかな?と思うのです。
    国のための戦没者を慰霊するために「神社」ではなく、「戦没者慰霊の施設」(どっかの宗教ではなく唯、慰霊するための施設)に慰霊してあるんなら、別に疑問に思わないんですよねー。
    日本全国には戦没者を慰霊するお寺も、神社もたくさんあるのに、なんで靖国神社ばっかり????と思うのです。

    それから「信仰の自由」という視点から見ると靖国神社は「神社」なわけです。
    戦没者の中には、キリスト教徒の人や天理教の人だっているはずです。
    熱心な浄土真宗の信者さんもいたはずです。
    (浄土真宗は神社と仏を一緒に拝む事を否定しているストイックな宗派。
    ま、家に神棚があってもお坊さんはおこらないけど、きっちり理念をまもるなら神棚があってはならない)
    この人達を「神社」に「祭って」しまうのはどうかなぁと思います。
    死んだご本人やその家族が「いや、うち宗教ちがうからそこに『祭る』のは止めてほしい」と靖国神社にお願いしたけど、通らなかったそうで。
    この問題も、「神社」ではない形式、どこの宗教にも属さない「慰霊」という施設なら起こらないんだけどなぁ。
    でも、靖国神社からの霊の「分祠」(この言葉があっているのかも疑問)も靖国神社は拒み続けているし。

    ・・・なんというか、「靖国神社」自体が特殊な「宗教法人」すぎるんですよね。
    靖国神社に「祭られる」事と「給付金」の条件もくっついているし。
    A級戦犯どーのこーのという問題もあるし。



    あーとーねー
    歴史的に見ると、戦死した人、なんらかの理由で死んだ人を「神格化」して「祭る」というのは、その「霊」が安らかでなく、怨霊となって人々に害なすので「神様」にしてその荒ぶる魂を収め、「守る」という仕事を与えてその力を使って下さい、っていう事が多いんですよねぇ・・・・。
    そういう神様の神社は、祟りがあるとか言われるところが多いしねぇ・・・。
    そういう視点から見ても死者を「祭る」という行為は単純なもんじゃないと思います。

    教師から首相へ

    • 2008.05.26 Monday
    • 16:04
    月曜の9時に木村拓哉様の主演ドラマ「チェンジ」が放送されていますね。
    その時間、ばたばたしていることが多いので見たり見なかったりなんです。
    で、教師から首相になっていく男の物語ということで、我が家では「ああ、ムッソリーニ物語だね」と言っています。

    ムッソリーニとは・・・
    ベニート・アミルカレ・アンドレア・ムッソリーニ( Benito Amilcare Andrea Mussolini(ヘルプ・ファイル)、1883年7月29日 - 1945年4月28日)は、イタリアの政治家。
    ファシスト党党首であり、ファシズムの創始者でもある。「ローマ帝国の復活」を掲げて、アドルフ・ヒトラーと共に第二次世界大戦を引き起こすが敗れて処刑された。


    第二次世界大戦の敗戦国、イタリア、ドイツ、日本のうち、イタリアの首相ですね。
    一番最初に独裁宣言して一番最初に失脚して民衆に処刑された人。
    彼の死体が、公衆の前にさらしものにされたことを聞いたヒトラーは強いショックを受け、自決の際に「彼のようになりたくない」と、自身の死体をすみやかに焼却するよう部下に命じたと言われる。

    という哀れな末路を辿ります。

    あれでしょ、確かキムタクのドラマも、教師から首相に一気に登り詰め、国民の心を掴み国を導く指導者になるんですよね?
    最初の頃のムッソリーニと同じですね。
    これで、独裁政治(事実上独裁でもok)を始めて軍事を強化し、しかし失脚して・・・・・・となったら、作った人はムッソリーニを意識して作ったドラマになるんでしょう。
    うん、この混沌とした時代に過去の過ちを見直す歴史的すばらしいドラマだ。
    演説が民衆の心を掴むっていうんならむしろヒトラー?
    なかなかオツな番組じゃないですか。

    じゃ、もちろんラストは銃殺で。

    ・・・な、訳ないか。

    JUGEMテーマ:芸能

    PR

    calendar

    S M T W T F S
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << March 2020 >>

    はじめてきちゃった人へ

    いろいろあるので週二回が基本更新です。なおmixiにも出没していてそっちは頻繁につぶやいてます。にコメント、トラックバックについてはスパムが多いため承認制にしました。 私がふさわしくないと判断したコメント、トラックバックについては削除する可能性もありますが、めったなことでは削除しませんので、お気軽にコメントください。

    cow girl homeにきちゃった人

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recent trackback

    recommend

    骨盤メンテ―ゆがみを解消!
    骨盤メンテ―ゆがみを解消! (JUGEMレビュー »)
    渡部 信子
    待ってました!渡部先生の本がついにでました。妊産婦の腰痛や女性の骨盤について詳しく書いてあります!

    recommend

    専門医がやさしく教える 腰痛―つらい痛みや慢性的な不快感、しびれを撃退!
    専門医がやさしく教える 腰痛―つらい痛みや慢性的な不快感、しびれを撃退! (JUGEMレビュー »)
    久野木 順一
    もっとも手に入れやすい腰痛関係の本で整形の先生が妊産婦の腰痛についてかいているのはこれぐらいです。

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM